学会日記

道徳授業者のための教養(書籍:明治図書)著者 富岡・鈴木・松原

公開日
2024/11/11
更新日
2024/11/11

学会関係日記



麗澤大学大学院学校教育研究科道徳教育専攻にかかわる3人で、斬新な視点から書籍を刊行しました。ご一読いただければ幸いです。

とても面白い内容になっています。


2024年9月   麗澤大学大学院 富岡栄教授より

はじめに

歴史的な経緯

 「道徳の時間」が特設されたのは、1958(昭和33)年です。第二次世界大戦後の混乱で青少年の問題行動が顕在化する中で、心身ともに健康で心豊かな児童生徒の育成を願って、道徳の時間が教育課程に位置づけられました。しかし、当時は、道徳の時間=修身科の復活、つまり、戦前の軍国主義の再現と捉えられたのです。もちろん、道徳の時間を大切にした教師もいた一方で、「教え子を再び戦場に送るな!」のスローガンのもとに、道徳の時間の設置に反対した教師もいました。道徳の時間の思い出について、昭和30年代後半に中学校生活を送ったある先輩教師は「中2の△◇先生が担任だったときは道徳が時間割の中になかった」「中3のときの道徳はいつも校庭でサッカーをしていた」と語ってくれました。道徳の時間特設以後の昭和30年代から40年代、そして50年代にかけて、多くの研究者によって道徳の時間の指導過程論が次から次へと紹介され、道徳の時間に関して充実した研究が行われた一方で、その当時の教育現場では道徳の時間は大切だと言われながらも、忌避感情や軽視傾向があったことは事実です。

 時代が昭和から平成に移るころになると、先述の道徳の時間=修身科の復活と考えるイデオロギー的な捉え方は次第に衰退していったように思います。ただ、そこに残ったものは何かといえば、自分自身が道徳授業を体験していないために、よりよい道徳授業のイメージを身に付けていない教師が教壇に立つようになったことと、それに付随する道徳の時間の軽視傾向です。テレビで教師が熱意をもって奮闘、活躍するドラマを見て感動し、「自分もあのような教師になりたい」と思い、教職についた方もいると思います。あるいは、ご自身が小学校・中学校・高校時代に、ある先生にあこがれ、「自分もあの先生のような授業をしたい」という思いから教師を志した方もいるでしょう。つまり、そこにはモデルがあったわけです。自分は新任教師だとしても、あこがれた恩師の指導から望ましい授業がイメージできているはずです。

 しかしながら、残念なことに平成の時代に教職についた方は、自分自身が小学校・中学校時代にモデルとなるような素晴らしい道徳の時間の授業をほとんど受けてこられなかったということです。

 このような道徳の時間の軽視傾向を打破し、そして改善していくためには、筆者も「道徳を教科化するしか、ほかに手はない」と考えていました。2007(平成19)年に道徳の教科化の話題がありましたが、2015(平成27)年に学習指導要領の一部が改訂され、移行期間を経て、小学校では2018(平成30)年、中学校では2019(平成31・令和元)年に「特別の教科 道徳」として、ようやく道徳が教科となりました。

道徳教育、道徳科の充実と発展を願って

 教師の仕事には、児童生徒のよさを引き出し可能性を伸ばしていく役割がありますが、知識や技術を伝達していくことも大きな役割です。つまり、教えるということです。この教えることに関して「一つのことを教えるのに教師は十のことを知らなければならない」と言われることがあります。これは、児童生徒の知識や技術の習得にかかわって、それだけ教師が研鑽を積んで、その知識や技能にかかわる周辺の情報を集めて、児童生徒が身に付けやすいようにすることを言い表した言葉です。俗っぽい言い方をすれば「教師は教材研究を行い、児童生徒に何を聞かれても答えられるようにすることが大切で、教師も意欲的に勉強し、児童生徒がしっかりと知識や技術を身に付けられるようにしよう」ということだと思います。

 言うまでもないことですが、道徳科は単に道徳的価値を伝える教科ではありませんし、決して教え込む教科でもありません。しかしながら、指導する教師が道徳科に関する知識や道徳教育の背景などを知っていれば、より豊かな道徳科につながるものと思われます。本書はこの意味において、指導する先生方が、道徳科や道徳教育にかかわる知見を広め、児童生徒にとって楽しくためになり、より実りある授業を願って刊行されたものです。もちろん、指導の有無にかかわらず、道徳教育にかかわる教養書として捉えていただき、今後の参考にしていただければ望外の幸せです。

 本書の執筆に携わった、富岡栄、鈴木明雄、松原好広はいずれも義務教育での校長経験を経て大学の教官になった者です。長年道徳教育にかかわってきた者だからこそ考えついたことや知りえたことが紹介されています。本書が読者の方々の参考になり、今後の道徳教育、道徳科の充実、発展につながっていくことを願っています。


あとがき 鈴木明雄教授より




















道徳教育と道徳科に関する用語ついて、学習指導要領の解説とともに、各種事典等を読み込んで来ました。事典等について一例をあげれば、道徳科重要用語事典(二〇二一年)、新道徳教育全集全五巻(二〇二一年)、道徳教育キーワード辞典(二〇二一年)、「道徳科」評価の考え方・進め方(二〇一七年)、教材事典第三部道徳(二〇一三年)、道徳授業の基礎事典(一九九〇年)等が編纂され、分かり易い解説が多数試みられて参考になりました。



しかし、「初心者として知らない内容?だった。もっと調べてみよう!」と更に深掘りしていくことは少なかったと思います。道徳教育・道徳科は、哲学や倫理、人間の生き方の問題や心理学的な問題と密接に関係していることから、用語の概念が必ずしも明確に規定できないため、腑に落ちないという経験もして来ました。今回、道徳科の授業を構想する時に、また道徳教育について考えていく時に、疑問と思う事や歴史的なこと、知られざるエピソードを厳選して解説を試みました。



各解説は、論文のようにエビデンスを積み上げたものではありません。一点について二千数百字程度として、読み物としても分かり易く理解できるように工夫をしました。そして執筆者三人の道徳教育や道徳科への長年のかかわりと大学や大学院の授業内容等の経験を踏まえて、「なるほど初めて知った内容だ。そんなこともあったのか!」と新しい発見もできるようなエピソードも含んだ記述を心掛けました。



十分な内容ではないかも知れませんが、日々道徳科の授業を実践されたり、大学や学会等で研究を深めていかれたりする方々の一助になれば幸いです。