研究室日記

富山市立堀川小学校での学び(石川)

公開日
2026/03/10
更新日
2026/03/10

学生の学び

富山市立堀川小学校 視察を通して学んだこと


皆さんこんにちは!

玉置ゼミ10期生の石川百音です。


今回、大学の先生にご紹介いただき、富山市立堀川小学校を視察させていただきました。実際の学校現場をじっくり見せていただく中で、これまで自分が持っていた「授業」や「学び」に対するイメージが大きく揺さぶられる体験となりました。



「正解を言う場」ではなく「みんなで学ぶ場」


私がいちばん印象に残ったのは、子どもたちが全体の前で話すことを、「正解を発表する場」としてではなく、「みんなで学ぶための機会」として自然に捉えていたことです。


間違ってもいい。

分からなければ教えてもらえばいい。

そこからまた考えればいい。


そんな空気が、特別なものではなく“当たり前”として教室に存在していました。


私はこれまで、人前で発言するとなると「正しいことを言わなければならない」という思いが先に立ってしまうタイプでした。だからこそ、子どもたちが安心して自分の考えを出している姿に心を打たれました。


発言は評価のためではなく、学びを深めるためのもの。

その文化が根付いている教室は、本当にあたたかく、力強いものでした。



「話し合い」ではなく「聞きあい」


堀川小学校では、「話し合い」ではなく「聞きあい」という言葉が使われていました。この言葉の違いに、大きな意味があると感じました。


話すことが注目されがちな中で、実際に大切にされていたのは「聞くこと」。


・友達の話を最後まで聞く

・イメージできているか問い返す

・聞いたことをもとに自分の考えをつくる


「聞く側の方が、話す側より学びが大きいこともある」という視点をいただき、私ははっとしました。


聞くという行為は受け身ではなく、相手の言葉を受け取り、自分の中で再構築する能動的な営みなのだと実感しました。この視点は、これから自分が授業をつくっていく上で、大切な引き出しの一つになりそうです。




教科を超えて、生活へつながる学び


もう一つ強く心に残ったのは、「教科の枠組みで学校の学びを評価してはいけない」という言葉です。


実際に見せていただいたどの学級の学びも、教科書の中だけで完結していませんでした。子どもたち自身の生活や経験と結びつき、「自分ごと」として考えられるように設計されていました。


データを扱う授業でも、単に数字を読むのではなく、

「このデータを使って何を伝えたいの?」

と問いが投げかけられていました。


学びが暮らしの中にあり、暮らしが学びにつながっている。


だからこそ子どもたちは主体的で、そして何より楽しそうでした。学習が「やらされるもの」ではなく、「自分のもの」になっていると感じました。




自由は、意図的につくられている


一見すると、子どもたちはとても自由に見えました。ラフな話し口調で、自分の言葉で語り、時には脱線することもあります。


しかしその背景には、先生方の深い子ども理解と、緻密な授業設計、そして日々の研究の積み重ねがあることが分かりました。


子どもが安心して挑戦できる環境。

一度自分で考え、失敗する経験も大切にする姿勢。

「適合の良い環境を与えたい」という教師の願い。


この“自由”は偶然ではなく、意図してつくられているものでした。


先生方が子どもたちのために研究を重ね、語り合い、より良い教育を追求されている姿を目の当たりにし、強い尊敬の念を抱きました。




何も知らない大学生の私だからこそ


正直に言うと、私はまだ何も知らない大学生です。だからこそ、今回の視察は衝撃的でした。


こんなにも子どもが自由に、そして安心して学べる環境をつくり出している学校があること。

小学校教育は、単なる知識の習得ではなく、「人としてどう生きるか」を育てる場であること。


堀川小学校での学びを通して、小学校教員に求められているのは、子どもに“生きる力”を育てる存在なのだと強く感じました。


そして何より、「4月から自分も頑張りたい」と心から思える時間になりました。


今回の学びを一過性の感動で終わらせず、これからの実践につなげていきたいと思います。


貴重な機会を与えてくださった林先生、本当にありがとうございました。(石川)