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笑波瀾万丈60「清里合宿」がご縁で

公開日
2024/05/11
更新日
2024/05/11

志水 廣:自己紹介・書籍紹介 笑瀾万丈

☆「清里合宿」がご縁で

 筑波時代は、お勉強ばかりではなくて、楽しいこともあった。筑波大学附属小学校に赴任してから3年目の年であった。五月の清里合宿に副担任として同行したのが図工専科の京野一(はじめ)先生であった。
京野先生は、まじめな性格であるがかなりの変わり者であった。年齢は55歳くらいだった。東京教育大学の美術を専攻して附属小に赴任したらしい。芸術家で日展にも洋画部門で入賞をしたこともあった。絵は本当に上手だった。昼の掃除の時間は黙々と草取りをしていた。私の学級は図工の授業でお世話になっていた。彼の授業はほとんど見たことがなかった。子どもからは可もなく不可もないという先生であった。京野先生とは同じ官舎で同じ棟に住んでいた。彼は一階、私は五階であった。同僚からはかなり敬遠されていた。彼は怒るととんでもないことをするからである。例えば、職員の懇親会のチケットがあったが、気に入らないと懇親会の係の目の前で破り捨てたと言うことを聞いたことがある。私の前ではそのようなことはなかった。
なぜ京野先生と親しくなったかというと、清里合宿中にいろいろと打ち合わせをしたからである。なぜだか分からないが、京野先生に気に入られた。合宿が終わったその日に反省会をすることとなった。京野先生のスタイルは毎日作業服であった。駅のホームで寝ても平気という強者であった。毎週土曜日になると、銀座の画廊を回るのが楽しみであった。とにかく飲み助で、お酒のぬるかんをよく飲んでいた。マイペースで飲んでいた。

教訓:強者(つわもの)と付き合うと心の幅が広がる。