日記

授業改善への意欲を感じる授業にたくさん出会う(長文)

公開日
2015/10/05
更新日
2015/10/07

仕事

中学校で授業アドバイスを行ってきました。

体育大会が終わった後でしたが、学校全体としては落ち着いているように感じます。3年生は、卒業生のプロデザイナーとコラボしたTシャツを着ての大会だったこともあり、充実感を得ていたようでした。学年全体にエネルギーを感じました。1年生もよい姿を見せてくれていました。2年生は、授業によって見せる姿が異なる傾向があまり変わっていないようでした。今年の2年生に限らず、一般的に2年生のこの時期は難しい時です。チームワークで乗り切ってほしいと思います。

ベテランの3年生の英語の授業は、いろいろと考えさせられるものでした。
“Would you like to 〜?”のパターンプラクティスのことです。「この本を読みませんか?」と日本語で”〜”の部分を入れ替える練習をさせますが、これでは「本を読む」の和文英訳の練習になってしまいます。“Would you like to 〜?”の意味や使い方の練習にはなりません。英語では新しく学習した表現の練習と言いながら、その表現とは違う部分を英訳する練習をすることが多いように思います。この例であれば、友だちに”Do you come with me?”と言ったあと、同じことを先生に向かって“Would you like to come with me?”言い直させる、その逆をやる。”Where do you go?”と聞かれて、”I go to the cinema. Do you go with me?”と返すか、“Would you like to 〜?”で返すかを相手で使い分ける。”What are you reading?”に対して、“I am reading a detective novel. Would you like to read it?”と言うような練習をすることが、この新しい表現を身につけるために必要だと思います。誘いに対して、”Yes”、”No”で答えて、それに応じて一言付け加えると言った対話練習も面白いと思います。
“go shopping”に対して、以前に学習した”go 〜ing”の表現を問いかけます。覚えていなければ出てきません。授業者は2年生で学習した、”go fishing”や”go swimming”を期待していたようですが、何もなしでそれが出てくることは難しいと思います。釣りや泳ぐジェスチャーをすればすぐに子どもたちから出てきたと思います。
家に来るという表現で、“come my house”と”come home”という2つの表現が子どもから出てきました。授業者は、教科書についている辞書を引かせて、その説明や品詞を使って、”come to my house”が正しいことを解説しました。”come on my house”といった使い方もありますが、子どもによっては”house”を使う時は”to my house”と覚えてしまうかもしれません。他の学級ではこの解説で子どもたちは納得したそうですが、この学級では子どもたちが戸惑っていました。品詞を使った説明では、なかなか感覚的には理解できないと思います。”I am in my house.”と ”I am home.”と言った表現を思い出させてそこから類推させ、子どもたちの言語感覚を鍛えたいところです。
授業者はとても熱心で、いつも積極的に授業を改善しようとしています。その姿勢には頭が下がります。永年やってきたこれまでのやり方を変えることは簡単ではありません。今はまだうまくいかないことも多いと思いますが、この経験が必ず次に生きてくると思います。これからの変化がとても楽しみな方です。

3年生の若手の英語の授業は、活動量の多い授業です。
子どもたちはたくさん英語をしゃべりますが、基本的には個人、ペア、速読、暗唱等やり方が変わるだけで同じ文章です。何度もいろいろなやり方で繰り返し練習するので、練習する文章については多くの子どもが定着すると思います。ところが、授業者が力を入れている新しい文法事項を子どもたちに理解させようとする活動については、繰り返し練習ほど子どもたちのエネルギーは上がりません。繰り返し練習で文を覚えればいいと思っているようです。繰り返し練習の時間を減らして、授業者が大切にしたいと思っている考える場面を増やすことが必要です。このことについては授業者も課題と思っているようです。今後の工夫が楽しみです。
また、Listeningのやり方も工夫が感じられるものでした。CDを聞いて答を考えるのではなく、問題文を聞き取ってノートにメモさせています。これはなかなか難しいと思うのですが、子どもたちは鍛えられてきたのでしょう、かなり書き取ることができています。しかし、どうみても英語としておかしい文がメモされている子どもも目立ちます。面白いのが、CDでは聞き取れなかった子どもも、授業者が話すと聞き取れることです。スピードの問題もありますが、CDの音声が聞き取りにくいこともその原因の一つのようです。なかなか難しい問題です。できるだけ子どもに聞き取らせたいので、CDを何回も聞かせますが、時間がかなり取られます。せっかくメモさせているので、子ども同士メモを見あってもいいと思います。キーとなる単語を意識するだけで、ずっと聞き取りやすくなるからです。こんなこともアドバイスさせていただきました。

3年生の学年主任の社会科の授業は、市長になって工場の跡地の利用を考える場面でした。子どもたちも授業者もとてもよい表情です。授業者は説明場面でも、資料を指で指させたりして子どもたちをうまく活動させています。公共施設という言葉がわからないという子どもの言葉を拾って、「一人の質問はみんなの質問」といって作業を止め、全体で確認します。ここでは、自分で説明せずに子ども同士で説明させていました。
4つの案のどれを選ぶかによってグループを分け、その理由を発表します。子どもたちは友だちの発表をとてもよく聞いていました。授業者も自分の考えや答のようなことは言わずに、ここでもつなぎ役に徹していました。とても面白い授業でしたが、せっかく市長の立場で説明するのですから、聞いている子どもたちは議員の立場で質問等をさせれば、市長と議会の関係も理解できるのではとも思いました。私にとってもよい学びをすることができました。

3年生の数学の授業はy=x2のグラフの特徴の場面でした。
子どもたちにグラフの特徴を考えさせますが、特徴は他と比較してより明確になります。今まで学習してきた、比例、反比例、1次関数のグラフの特徴を復習しておいてそれとの比較で考えさせると整理しやすかったと思います。
また、原点を通る、y軸に対称といった特徴がいつも言えるのか、その根拠はといったことを問う場面がありませんでした。感覚的になっています。この場面は表に頼ってグラフをかきます。そこで表を書く時に根拠となるものを意識させるとよいでしょう。「表のどこから埋める?」「計算が楽なところは?」といったことを聞きながら、xが0ならyが必ず0となることを押さえます。同じ原点を通る比例のグラフと比較してもいいでしょう。定数がないことが共通なことに気づいてくれるとうれしいですね。x=1の欄を埋めて、「次はどこを埋める?」と問いかけx=-1の時yが同じ値になることに気づかせます。Xの値の正と負を行ったり来たりさせることで、y軸と対称になることの根拠に気づかせるのです。y=2 x2の表は、y= x2の表のyの値を2倍すればいい、y= -x2の表はy= x2のyの値の符号を変えればいい。そこに気づけば、増加の特徴や対称性が見えてくると思います。こういった布石を打ちながら授業をすることで、一般的なグラフの変化率や対称性についての感覚を養うのです。このことは、高校での関数の学習に大いに役に立ちます。こういったことを意識してほしいと思います。

2年生の数学は条件から1次関数を決定する問題に取り組んでいました。「2点の座標がわかる時の1次関数の式をもとめよう」というめあてが書いてあります。この言葉の使い方を見て、ポイントを外していると思いました。中学高校を問わず、数学で大切なことの一つに、「グラフがある点を通ることと、グラフを表す式にその点の座標の値を代入すれば成り立つことは同値」ということがあります。「座標がわかる」ではなく「点を通る」という表現をするべきでしょう。このめあての書き方からは、問題の解き方を教えるというにおいがします。授業者は、2点を通る直線のグラフを図にかき、傾きを求められるという説明をし、次に(1,2)を通るからと値を代入した式を書きます。まさに解き方を教えています。子どもたちは、なぜ急に代入するのかといったことがわからないので、モヤモヤするのです。
問題を解く前に、関数、グラフ、1次関数の性質や特徴をきちんと押させえておく必要があります。「点を通る⇔座標を関数の式に代入して成り立つ」をまず基本として押さえ、「1次関数⇔グラフが直線(軸と平行でない)⇔関数を表わす式y=ax+b(a≠0)」「直線の傾き、切片(グラフとしての定義)⇔1次関数y=ax+bのa:傾き、b:切片」といったことを確認します。その上で、1次関数の式は「y=ax+bのaとbがわかれば決まる⇔グラフの傾きと切片がわかれば決まる」ことを何度も子どもたちに確かめます。関数の式y=ax+bに対して、この式を見てどんなことを考えるかを聞いておくのもいいでしょう。関数に関すること以外に、方程式、代入法と言った言葉が出てくれば、大切に扱っておきます。
点を通るから、代入するとaとbに関する方程式になりますが、子どもはそこに気づけません。ここで先ほどの押さえがきいていきます。「知りたいのは何だっけ?」といった発問から、「未知数」という用語を思い出させます。ここまで来れば、「知りたいものが2つ。方程式がいくつあれば解けそう?」と連立方程式で押さえておいたことを活かせば、解けそうだと気づきます。
「グラフ(図)で考えたらどうだろう」「1次関数だからグラフは直線。通る点が2つ決まれば、直線は決まるね。グラフが書ければ、傾きと切片はわかる?」「傾きって何だっけ?グラフで傾きを求めてみよう」というようなやり取りで、グラフを使った求め方も見えてきます。
もちろんここで述べたものは説明のための例ですから、そのまま真似をすれば誘導的になってしまいます。「グラフと式、どちらで考える?」「グラフについては何がわかる?」「式から言えそうなことはある?」といったことを子どもに問いかけて出させるなど、子ども主体で活動できるような工夫をしてほしいと思います。要は、ポイントを教師が意識していれば、どんな進め方をしても、子どもからどんな言葉が出てきても対応ができるはずです。この本質的なポイントが何かを理解しておくことが大切です。
このようなことを授業者と話しました。授業者自身もモヤモヤしていたようで、話をすることですっきりしてくれたようでした。教科の本質を意識して教材研究を進めてほしいと思います。

2年生の英語で、2人の先生の授業を見せていただきました。
子どもたちは、自分たちが主導権を握れる場面になると、すかさずテンションを上げます。学級によっては一部の子どもが教室の雰囲気を支配しています。ここは、授業者がきちんと学級をコントロールすることが求められます。指示の徹底を意識し、一部の子どもの反応だけで進めるのではなく、全員が参加することを常に意識してほしいと思います。
この先生方に限らず英語の授業で気になるのが、授業者の読みを聞いて、テキストを見ながら子どもたちが読むという活動です。読みの練習と考えると、読めなくても授業者の読みを聞いてオウム返しに発音すれば何とかなります。Listeningという意味では、きちんと聞き取れなくてもテキストを見ることで何となく読めてしまいます。要はどちらにしても中途半端なのです。耳から英語の力をつけるのであれば、テキストを使わずにきちんと聞けるようにする必要があります。教師の言葉をただオウム返しにするのではなく、それに応じて言葉を返すといった活動が大切になります。読む練習であれば、教師は手本を一度見せればそれで十分です。その文章を聞き、話して理解させておけば、単語等の読みの練習をしておけば十分に読めるはずです。活動のねらいをもっとシャープにする必要があります。昔からやっているというだけで、何も考えずにそれを再生産していては進歩がありません。

1年生の若手の英語の授業は工夫を感じさせるものでした。
授業者は、絵で”situation”を見せて、指名した子どもに続いて全員に言わせます。子どもたちは授業者が正解を示さないので、とても真剣です。指名されてうまく言えない子どもがいれば、全体で言わせてからもう一度言わせます。子どもたちがとても集中する面白い場面でした。残念なのは、何度か練習した後、その文を板書したことです。板書した後、明らかに子どもたちの緊張、集中は落ちてしまいました。正解がわかったからです。板書をするのなら、活動の最後にすべきだったでしょう。
この子どもたちの集中力の変化に授業者は気づいていました。とても子どもをよく見ています。自分自身で板書をしたことがよくなかったと反省していました。子どもを見ているということは、自分で授業を修正できるということです。この先生は数年後にはとても力をつけていると思います。これからが楽しみです。

初任者の1年生の国語の授業は主人公の行動の理由を考える場面でした。
以前と比べて、単に一問一答ではなく、根拠を意識したものに変わってきています。成長が見られます。しかし、その根拠となるものを授業者自らが子どもたちに与えて、子どもたちからは結論を出させようとしています。そこをいかに子どもたちに気づかせる、子どもたちから出させるかが大切です。そのために、どのような発問をし、どのような活動をさせるのかを考えなければならないのです。
子どもから、とてもよい発言がありました。弟のミルクを飲んだ主人公の行動に対して「自分が生きるためだからしょうがない」というのです。しかし、授業者は拾うことができませんでした。「そうだよね、しょうがないよね」と受けて、「主人公はどう思っていた?」と返せば、読みが深くなっていったところでした。
まだまだ、課題はたくさんありますが、授業を改善しようという意欲が感じられます。少しずつ、前に進みだしたように思います。これからどのような変化を見せてくれるか楽しみです。

家庭科と理科の授業研究もありました。それについては、明日の日記で。