式辞や訓話を考える
- 公開日
- 2014/04/11
- 更新日
- 2014/04/11
独り言
先日、ある方から、お子さんが今年入学した学校の校長の式辞について話を聞きました。始業式の式辞がホームページにアップされていて、それを読んで驚いたということです。その部分の抜粋です。
・・・校長先生は、長い時間悩んで、それぞれのクラスに一番良い先生を担任にしました。校長先生は、担任の先生だけでなく、○○小学校の先生方、主事さん方は、○○(地区名)の中でも、一番熱心で、優秀な人ばかりだと思っています。ですから、これでうまくいかなかったら、皆さんにも問題があると思います。・・・
驚いた気持ちはよくわかります。想像ですが、過去にこの学校では担任批判のようなものがあったのかもしれません。しかし、学校の様子がまだよくわからない新入生の保護者からすれば、何も起こらない内から子どもに問題の原因を求めるような校長の姿勢には不信を持つのも当然だと思います。また、同じ地区の他の学校の教師が見てもあまりよい気はしないでしょう。
校長の式辞や訓話を学校ホームページに載せることは一般的になりました。校長がどのような教育をしようとしているか保護者に理解してもらうよい手段です。保護者と子どもの家庭での会話のきっかけにもなります。話したことは消えてしまいますが、ホームページにアップしておくことで、子どもが正しく理解せずに誤ったことを家族に伝えても誤解を生むことを防ぐことができます。こういったメリットをいつも感じていたのですが、肝心の話の内容に問題があれば、メリットは一気にデメリットになってしまいます。情報公開することで得られるはずの信頼が一気に不信に変わってしまいます。メリットが大きい分、デメリットもより大きくなるのです。
こういった事例に出会うと、やはり式辞や訓話などの公開はやめておこうと思うのでしょうか。それとも、だからこそよりよいものにしようと時間をかけて推敲し、練り上げるのでしょうか。こういったところにも、校長の姿勢が表れるのです。学校ホームページという強力なツールが現れたことで校長に求められることの質がより高くなったと感じます。私のまわりの校長が、例外なく式辞や訓話などを考えるのに多くの時間を割いていることの理由がわかったように思いました。