大学日記

6月20日(土)13:30より第3回セミナーを実施しました。

公開日
2026/07/02
更新日
2026/07/02

社会連携

 6月20日(土) 13:30~15:30に、201教室において実施しました。

 コメンテーターとして当研究所フェロー林 文通先生をお迎えし、江南市立草井小学校湯藤俊太先生の4年算数「直方体と立方体」の授業を通して「学びを楽しむ授業づくり・学校づくり」をテーマに行いました。

 今回は、25名の申し込みをいただき、講師を含め26名の方により学び合いを深めることができました。


本日の予定

第1部 協同的な授業に学ぶ

 □ 協同的学びに挑戦する草井小学校

 □ 挑戦1年目で創り上げた授業 ビデオ視聴

   - 休憩 -

第2部 参加者のリフレクションに学ぶ

 □ 参加者のリフレクション

 □ 草井小学校学校づくり

 ・学校長・教務主任・湯藤先生へのインタビューを通して


第1部 協同的な授業に学ぶ

1. 協同的学びに挑戦する草井小学校

 まず、最初に林先生から「『学校全体で授業を協同的な学びに変えたい』と考えたとき、どんな困難が予想されますか?」との問いが出され、テーブルで話しました。

< ◎ファシリテーター林先生 〇湯藤先生 >

◎ この問いを話題にしたのは、今日の参加者は江南市が多いんですよね。小牧はもう20年以上取り組んでいるという蓄積がありますので、困った時に相談できる仲間が身近にいるというのもあるんですが、これから協同的な学びをやろうという時には、やっぱりいろんなことを考えますよね。今、考えたことをここで出すというわけではないんですが、そういったいろいろな障壁がある中で、頑張ってきた湯藤先生の授業をこれから見ていって、どこにどんな苦労が隠れているのかを推察してもらいたいなと思います。湯藤先生の授業を紹介します。

湯藤先生の授業に対する思い 

〇 以前、同じ単元「図形」を教えたとき、自分がしゃべりすぎて教え込みの授業をしていた。子どもたちが図形にそれぞれ向き合って、個々が真剣に考えなければ本当の意味での理解へは至らないと、今では考えるようになった。

〇 5年ほど前に、前任の布袋小学校で勤務していた時に出会った先輩のM先生の授業を見せていただく機会があり、M先生の授業にかける熱量に驚かされた。自分は日ごろ、この先生の半分も教材研究をしておらず、このままでは一生かけてもM先生の授業に追いつけないと思った。そのとき、M先生の授業を真似してでも追いつきたいと思った。

〇 M先生のように、具体物や視覚に訴える教材を使った授業を工夫するようになると、明らかに子どもの顔が変わることが分かった。

〇「授業が楽しい」「難しい問題に挑戦したい」子どもたちのそんな言葉が増えることが、自分のモチベーションにつながった。


2. 挑戦1年目で創り上げた授業 ビデオ視聴(40分)


   - 休憩 -


第2部 参加者のリフレクションに学ぶ

3.参加者のリフレクション

< ◎ファシリテーター林先生 ●参加者 〇湯藤先生 >

◎ 今から、10分程度、グループで感想交流をしてください。後で、グループの代表の方からお話をしていただきます。


 - 感想交流 -


◎ 私のしょうがない話を聞くよりは、グループ協議の中で、日頃思っている感じていることを言葉にして、お互い話し合う。そういう時間が実はあんまり職員室で取れてなかったですね。それを大事にした方がいいな。研究協議会がすごく教師の同僚性を強くするっていうのは、そういう効果があるわけです。誰か偉い人呼んできて、講義形式で話を聞いているだけでは、なかなか浸透していかないんですよ。自分が疑問に思ったり、感じたりしたことを言葉にする。伝え合っているうちに分かり合えるものがあるし、「あ、そういうことなのか」と気づきがある。やっぱりそこを大事にしていきたいなと思います。

感想交流なので、ご意見聞かせていただけたら嬉しいです。それぞれの班から一人ずつどなたか言っていただけますか。

● お願いします。同じ江南市草井小学校の湯藤先生が発表されるということで、今日は応援のつもりで参加させていただきます。

宮田小学校でも協同的な学びをやっていただいて、草井小学校でもやってくださるということで、子どもたちが本当に自分の言葉で話すことを先生が日頃から聞いてくださり、話し合いの中で子どもたちが「わからないこと」も「わかること」もすべて自分の言葉で話そうとすることが、素敵だなと思いました。子どもたちがいろいろな具体物を使っているところで、あえてグループで2つずつというところでしたところで、子どもたちの協働的な学びが仕掛けられているんだろうと感じました。子どもたちが一緒に取り組む中で、一人で始めたり、2人目の子も話し合ってなくても、同じことをやったりしている。話すだけではなくて、感じ合っている。一つずつの工夫が学びに繋がっていることが感じられたので、とても良かったと思いました。ありがとうございました。

◎ ありがとうございます。あの、湯藤先生もう座っていただいていいですか。(爆笑)ありがとうございます。じゃあ、 Bグループさん、どうですか。

● ありがとうございました。なんかクラスの子たちが、みんな仲良しで温かい感じがして、みんな素敵だなと思って見させていただきました。その中で、例えば、「わからない」という子だったり、困っている子だったり、グループの中で解消することが、見られたらよかったかなと思いつつ、あとはグループの中で困っている子がいたのかなというときに、どうしても集まっちゃう感じがあるので、あの子はどうだったのかなとか、助けられたと思っていたのか、心配かなと思うところがあります。ただ、クラスの中に安心だなっていうか子どもたちも、「わからない」と言いやすいのかなと思いました。ジャンプの課題のところで、みんなが共有で身につけた力を使ってジャンプして、ジャンプのところで、ある程度できたところで、共有がみんな完璧に行けたよねっていうイメージなのかなと思っていたので、共有とジャンプのつながりって難しいなって思いました。ありがとうございます。

◎ ありがとうございます。あの、「わからない」と言ってるかどうかとか、ああいうのって、授業やりながらなかなか気づけないんですね。で、さっきも湯藤先生おっしゃってて、やっぱり客観的に自分の授業をあえて映像で見直してみると、本当にいろんなことが見えてくるねって話されて、だからそういうことが大事ですよね。

● このグループで話題になったところ、まず一つ目、最初に子どもがスタートで肩を寄せ合わせて一生懸命話し合っているというのは、これは本当に素晴らしいことです。先生はそれを余分なこと言わずに見守っているという姿も、またそれはすごく大切なついつい「いいね、ここの時いいよ」とか反対にしゃべれていないとか、グループで手が動いていないところの困り感を聞いてあげて、それをシェアすることができれば、その分かってたと思っているところもなんでその視点は知らなかったのっていう考えるための一助になる。わかんなかった手が止まっている子すら、授業の中のきちんとした学びを共有、あの共感させる大切なんだよってことを僕は教えてもらったことです。ジャンプの課題はとてもレベル高かったので。初めに思考で一生懸命考えた中で、やっぱり途中で手が止まっちゃった子たちにどうしたのとか湯藤先生が声をかけて、「こういうふうに困ってる」と言ったところで、サイコロを出してあげると、その具体物を触りながら、また思考を深めることができて、具体物でできたから、今度紙でもやってみよう。具体と紙を使うことで学びを共有していくことができれば、あの時の思考が止まってしまうことは解決できたんじゃないかなという話題が出てきました。ジャンプの課題について僕は質問して、ジャンプの課題、答えとかは必要ないんですかというお話を聞かせていただきまして、すごく納得したんですけど、ジャンプの課題が解けなかった子は、本事の学びとここまでの学びにもう一度立ち返る。ここで学んだ知識をもう一度使って、ジャンプの課題に戻る。この学びの往還ができるようになることが、一番の目的なんだと、僕の目から鱗が落ちる話を聞かせていただきます。最後に、僕だったら「『じゃあ今日の勉強、自学でやってみたらどう』と発問しようと思ったんです」と言ったら、本当に学びが深まってたら、そんな発問しなくても子どもは家で勝手にやる。っていう一言をいただいて、お話が終わってたんです。(笑)


◎ ありがとうございます。僕の代わりに講義をしているという。素晴らしいですよね。うん。でもやっぱり我々も湯藤先生の授業を通して、ああいう学びができたっておっしゃってくれたら、すごくありがたいなと思います。では、そこの班はどうですか

● 私は授業当日に教室で拝見させていただいて、今日はダブルで勉強になりました。私たちの母は、私が悩みが多すぎて相談に乗っていただく時間がありましたので、その共有をします。いつも授業で困っていることは、学びが拡散してっちゃって。どうやって収集してったらいいんだろうっていうとこが困っていたりするんですけど、まず、はっとさせられたのが、どうやったらできるっていうふうに持っていくと。ただできていることを発表するだけだから学びじゃないよ。そうじゃなくて、「何に困ってるの」「なんで困ってるの」というところを追求していく。それを子どもたちに追求していくと、「だったらどうする」と言って考えることにつながるから、これからそういう発言の仕方に変えていこうって思いました。それからグループで先生の授業もやられていたんですけれど、グループで活動していくと、どうしてもできた子が発表してくれるだろうとか、そういうのが決まっていってしまうんだけれど、じゃあ、今日の120番では集中できない人ですか、「あー」って言ってる子は、ある意味、きっとやってくれるだろうなっていう構えで、受けちゃっている時があるから、そういう場合は、最初から「あなたに今日は発表してもらうからね」ていう風にして、全員が説明できるようにするっていうのを先生の狙いの中にあったと思うんです。先にあなたにやってもらうよっていう風にしておくことで、その子も自分で説明できる力をつけたり、周りがこういう風にという活動したり活発化することを学びました。私も明日から活かしていこうと思います。ありがとうございました。

◎ そうやってチャレンジするのはすごく大切なことだと思うんですけど、大抵思った通りにはいかないじゃないですかね。「あなたが」とかって言ってもやっぱりなかなか難しい。でもやっぱりそれやってみないとわからないし、場合によってはうまくいく場合もあるし、やっぱりそういうものが積極的に自分で挑戦してみるっていう姿勢が、授業を変えていく力になっていくのかなと思います。ありがとうございます。じゃあ、いきましょう。

● 今日はありがとうございました。私的なことですが、育休をいただいておりまして、ちょっと前に戻ってきて、「学び合い」のことがだいぶ頭から抜け落ちている自分に気づきまして、もう一回勉強に来ようと、今日参加させていただきました。授業を見ていて、子どもたちが本当に課題に一生懸命取り組んでいるなと感じて、こんな算数の授業だったら、きっと面白いだろうなっていう、ちょっと子供の気持ちになりながら見させていただきました。私が一番気になったというか、今、印象に残っているのが、最後の方にどこかのグループで「誰か助けてって」つぶやいてた男の子の声が聞こえた気がして、そういう時に何困ってるのってそこを拾ってあげるといいなと感じました。

 この問題、授業を受けながら、自分でもちょっと考えながらジャンプの課題やってたんですけど、全然わかんなくて、向きが。きっと小学生だったらわかんない子いっぱいいたと思うので、その素直なわかんない、助けてっていう心の声を私自身も拾える教師でありたいなっていう風に、今日の授業を拝見して思いました。やっぱり学び合いは、いいなっていうのを再確認させていただく時間になりました。ありがとうございました。

◎ 亡霊のように言ってた子がいましたよね、「なんかわからないよ」って。今日はね、あのビデオは、実は後から湯藤先生にどうしても見せたくって撮った部分があって…。例えば座席表で言うと、二班のG 、最後の頃で、班に一人だけ座ってました。この実態を授業者は、実は前に来ている子たちに手一杯で気づけてないんですよ。だから僕は記録に残しておこうと思いました。それから後ろの8班のCCの所に座ってた女の子が、3人で悩んでいる時に、彼女はいろいろ合図というか信号を出しているんですよね。だけどEDとかDDの子が夢中になってやっていて全然気づけない。だけど、 CCの子は自分で分からないって言えないんですよね。ああいう時どんな顔してるのかっていうのを撮っておいた方がいいと思うんで。やっぱりあれは授業中には、やっぱり授業中に気づけない部分だったんですよね。そうやって、授業をみんなで見る中で気づいてほしいなという姿でした。ありがとうございます。じゃあ最後、お願いします。

● ありがとうございました。私もこの実践を直接見に行かせていただいて、その時の空気感ですとか、今改めて映像を見させていただいて、ちょっと思ったことを言わせていただきます。まずは、最初からグループ隊形で授業が始まっていることからも、今後の対応ありきの授業スタイルというのを一年かけて先生が指導されてきたんだなということをすごく感じました。学習指導案の方でも、日々意識していることの中で、「聴くこと」と「活動すること」のメリハリを持たせるということと、あと仲間の考えを聞いて、多様な意見に目を向けさせるというふうに考えているんですけども、それがこの3学期の時点で、かなり成果として上がってきているなというのをとても感じました。

 もう一つが、授業の中での教師の出番というか発話量というのがだいぶ精選されていて、子ども主体に授業を展開されているなというのもとても勉強させていただきました。もう授業が始まって、もうすぐグループで問題解いてごらんという感じでスタートされていて、記録の方でいくと、54番くらいで先生が手を止めさせて、一人の子を指名して話させたということで、先生もずっとグループを見られていて、この子にこういうことを言わせようっていう意図があるんだなっていうのを見てて感じました。またジャンプの課題に入ってからも、いろいろと先生もヒントっぽいことを言いたかったと思うんですけども、ぐっとそれをこらえて、しばらく流した後で、アルファベットのことを話されたんです。そういう教師が出るタイミングっていうのもすごく考えられて言われていたのが、とても勉強になりました。また、前時まででどういう取り組みされてたかっていうのはちょっとわかんない部分もあるんですけども、子どもたちの共通言語みたいな形で「佐渡島」が何回か出てきて、それももちろん教科書には書いてない言葉ですし、本当に子どもたちがこの言葉を理解して、授業の中で使えるまで、いろいろと前時までの流れがあったんだなっていう子どもも、それも自然と活用できているようなぐらいまで力がついているかなっていうのを見て、素晴らしく感じました。以上です。

◎ ありがとうございます。これ、佐渡島っていう言葉が面白かったですね。僕も最初聞いた時、何を言ってるんだろうと思ったんですが、彼らの中の共通言語なんですよね。それをみんなが言うのがわかってるっていうところが面白いです。先生、当日も見ていただいたんですよね。当日生でこうやって見てるのと、ああやってビデオで後から見るので、どうですか同じ印象ですか。

● 僕も、このグループをというのが事前に見るところが指定されていたので、そのグループ中心に見てたんですけども、さっき先生がおっしゃられたように、グループの自分の見てないグループの中でも、一人最後残っちゃった子がいたりとか、ちょっと集中切れちゃった子がいたりというのは、やはりああいう映像でしか気づけないなっていうのは改めてちょっと実感しましたので、今後こういう機会があれば、記録は残していくことが必要かなというふうに強く思いました。

◎ はい、ありがとうございます。撮影者の意図がちょっと入っちゃうので。その人が見たいものが記録として残っちゃうので、それがいいかどうかという問題があるんですけど、授業者が俯瞰して見ているだけでは気づけない部分を記録として残しておくというのは、授業ビデオというのは学びがあるものだなと思っていますので、普段の学校の現職教育の中で、みんなでビデオを見る時間を取るというのは大変なことなんですけど、たまにはこういう研修をやってみるのも新しい発見があるんじゃないかなと思います。ありがとうございました。

4.草井小学校学校づくり

 ・学校長・教務主任・湯藤先生へのインタビューを通して

◎ 僕もこの授業を生で見せていただいて、その時、草井小学校の皆さんに伝えたことはこんなことです。湯藤先生、とってもテンポ感があって、早口なんですよね。でも全体で見るとそんなにたくさん発言していません。急かしているように見えるんだけど、あんまり急かしていない。意外とゆったりと時間を取っていらっしゃいます。時間配分がとても多くて、前半の。あのグループ活動もかなりしっかり時間を取っていますよね。あれは結構刻んじゃう人いるんですけど、やっぱりたっぷり取るということは大事だなと思います。だから子供にとっても、寄り添いながら「もうわからな」と言ってる子を教えるんじゃなくて、「書いてみたらどうだ」とか、「こうしたらどうだ」っていう、まあちょっとしたアドバイス的なことをよく声かけをしてました。

 それから、参観している先生に言ったんですけど、子供があんなに夢中になってるんだから、周りの先生は、「その学びを止めるような声かけをしたり、やっぱりそういう関わりをしたりしないようにしてくださいね。」と、そういうアドバイスをしました。

 それから具体物がありましたよね。あのサイコロ、この机に置いてあるだけなのに、後ろの方の女の子が、この別の子が、問題の答えを説明している最中に、自分でサイコロを触りながら確認しているシーンが映ってましたよね。やっぱり聞いてるだけじゃわからなくて、具体物を通していかないと理解できない子がまだたくさんいるという、そういうことなんですね。だから具体物は大事だと思います。また、先生は「頭の中で、運ではなく、頭の中でできることを言葉に出してます」と伝えています。こういうことが大事だと思います。

 それから、答えを前で確認するために、グループから離れていっちゃうっていうのがあって、あれが後からね、授業終わった後、湯藤先生と喋っても、ずいぶん本人も後悔してて。まあ後でできるんですけど、彼は次の時に、あの方式をやめたんですよね。やっぱり前の方に展開図があって、「これで確認してごらん、チャレンジしてごらん」というと、できた途端、そこへ行っちゃうんですよね。そうすると、グループの中ががらんどうになって、そこでの対話が切れちゃうということですね。だから、良かれと思ってやったことが、実は裏目に出てしまったという事実がそこにあります。

 そして「いいです」という言葉に騙されないでね。「いいです」はやっぱりできている子の論理ですよね。あの中で「わかりません、よくないです」って言える子はいませんから。やっぱり何人かおっしゃったように、わからないことがないか、それがどういうことかということが言葉に出せるということがとても大事だよという話を伝えました。

 改めて僕ももう一回映像として見たときに気づいたことは、一年目にしたら、やっぱり子供たちの声の大きさすごいいいなって。なかなかあれぐらいの音量でしゃべれませんよ。もっと元気よくなっちゃうんですよ。だけど、とってもいい感じの声の音量です。それから、既習事項、結構ね、子どもたちの言葉を前に書いたりして、まとめながら、過去にこういうことを学んできたよねっていうことを手がかりにしながら、考えさせようとしている。時間の問題、それから答え合わせの時でも、わざわざ展開図を組み立てて、こうだからこうだよねって具体物を通して、わからない子に伝えようとしている先生の努力がありましたね。気づいてほしかったのは、ジャンプ課題になった途端に、やっぱり子どもの様子は大きく変わったことです。最初の共有の問題の時は、やっぱりできている子ができない子を教えていくという構造がそこにあって、サーッとできない子の周りに固まって、こうやればいいんじゃないっていうアドバイスみたいな感じの様子がいっぱい記録されてましたよね。あればっかりやってると、できない子はずっとできない子っていうレッテルが貼られちゃうんですよね。だけどジャンプになると、やっぱり普段できてる子がわからないものだから、自分の世界に入って一生懸命考え始めます。グループの形をしながら個でやってるんです。だけど、しばらく経つと分からないことが出てくるので、お互いボソボソと喋り始める。ああいうのがジャンプ課題の時に見える姿だなと思います。ただ、あの時に先ほど映像にも残した、例えば8班のCCさんのような女の子は分かってないんですよ。分かってないんだけど、周りの子に自分が分からない、教えてって伝えられないんですよね。だからこれがもしできたらもう少し展開が変わったかもしれない。

 やっぱりこういうことが言える子を育てたいし、そういうことが認められる学級にしていきたいということを一つの学級づくりの目標にしてやっていけたらいいなということを感じました。

 草井小学校に、今年2年目でお邪魔して、校長先生や教務主任の先生にインタビューしてきました。

 山城校長先生は何年目ですか?「今年で4年目です。(山城先生の発言)」以前の現職教育のテーマは、「子どもたちのためというよりも、先生たちのためのテーマだな」というふうに感じていた時があったそうです。やっぱり山城先生は子どもをテーマにした現職教育をしたいということをずっと思っていた。

 それから、「おとなしくて静か、対話がないよ」ということを教育委員会の訪問時に指摘を受けていた。山城先生自身も、コロナの時に能動的な学びが後退しちゃって、やっぱりもっと子どもが主体で動くような授業を作り、この学校で作りたいなと思っていたところに、まあいいタイミングで大澤先生が、学びの共同体を引っ張ってきてくれたということなんですね。タイミングってすごく大事ですよね。しかもですね、今回授業を提供してくれた湯藤先生、去年来たばっかりの先生なんだけど、すごく日頃から授業、発問を意識したり、子どもたちが話さずにいられないようなグループ活動を考えたり、授業づくりをすごく頑張っている。そういう先生が来てくれて、しかもそういう先生がこういった「たたき台」になってくれた。この学校に来てくれて感謝している。

 ちゃんと面と向かって言ってやってください(笑)。こういうことを言ってくれる校長がいるって嬉しいじゃないですか。本校にとってのカンフル剤のような存在だって。やっぱり学校の授業を変えていくときに中心になって頑張ってくれる先生がいるってことはとっても心強いですよ。そういう人がこうやって生まれてきたっていうことを山城先生もすごく喜んでいらっしゃるということです。

 大澤先生は以前、外部の方に「一方的に話す授業が多いね」とか「先生と子どもの1対1の問答になってるよ」ってそんなことを言われた。それがずっと気になってた。その時にたまたま岐阜県の長良東中学校で研修に参加されたんです。こういう授業なら自分の学校でもやれるんじゃないかとその時に直感で思ったそうです。だけど、大澤先生が一人で思っただけじゃ、学校の授業なんて変わりませんよ。大澤先生がやったことは、現職教育担当の先生方と一緒に、学びの共同体の全国大会オンラインに参加して、どういう授業なのかっていうことをみんなで見た。私はこういう授業をやってみたいんだというふうに仲間に投げかけたら、皆さんが好意的に同意してくれた。やっぱり仲間づくりをしていくっていうのは、ある意味大事な作戦だと思います。こういった人たちを通じて学校を動かすということなんですよね。ありがたいことに、隣の宮田小学校っていうところなんですが、ここは研究発表を去年されて、協同的な学びを実践している学校です。そこに行って授業を見たり、質問したり、そういう機会があった。やっぱり本でいくら読んだり、僕ら(SV)が行ったり、いくら言葉で説明してもわからないというのが多いんですよね。やっぱり生で見る、あるいは質問をぶつける、こういうことを通して少しずつリアルな感じがわかってきて、やってみようということにつながっていくということなんです。協同的な学びの本質や面白さというのは、なかなか文字だけ書籍を読んだだけではわかりにくいです。でも、今日のビデオを見ただけでもわかる部分がたくさんある。ああいう生の姿を見て、どういう学びなのかって自分で体感しながら理解していくっていうのは、授業を変えていくときの、すごくある意味近い道なんじゃないかなと思っています。


 最初に授業改革、学校改革、どんな点が難しいですかってちょっとグループで話してもらったんですが、いくつかありますよね。過去の授業法にしがらみで縛られちゃってる先生がいます。ここ結構難しいですね。教師の専門性の展開の難しさ。先生はもう教える専門家だと思い込んじゃってる。なかなか学びをデザインする専門家という、そういうふうに切り替えられないんです。自分が教えているのかというふうに思っちゃうんです。

<林先生が示された4点>

1.既存の学校文化(個別主義・管理主義)との衝突

 「一斉授業」「教師の個室主義」「管理統制型の組織文化」   

  →  「協同」「公開」「対話」   ※ある意味真逆

2.教師の専門性観の転換の難しさ

 「教える専門家」から「学びをデザインし、共に学ぶ専門家」への転換

3.授業研究の継続的な仕組みづくりの難しさ

 「授業研究(公開・協議・リフレクション)」を学校文化の中心へ

4.保護者・地域の理解とのギャップ

 教師も子どもも自分の学校の授業を語れることがギャップを埋めていく


 一番大事なのは3番だと思っています。やっぱり個人では変えられないので、授業研究会を定期的に開いて、みんなで同じ授業を見て、みんなで語り合う、こういう文化を作っていくっていうことがすごく学校全体の授業を変えるには意味があると思います。だから、学校づくりの中心に授業研究を持ってくるというのは、僕はすごく理にかなっているんじゃないかなと思います。あとは、子どもの言葉を通して保護者が理解してくれると、もっと心強いですね。子どもたちが最近、授業面白いと言っているよというようなことが保護者の方から来るようになると、それが刺激になって先生たちも前に進めるということです。こういったことが難しさでもあるけれども、変わってくると、学校というのは大きく変わってくると思っています。


 ちょっとだけ本の紹介で、「日本の教育ダメじゃない」っていう面白い本があって、ちょっと前に出たやつなんですが、なかなか教育現場にいると、外からいろんなこと言われますよね。日本ってなんか今学力低下してるんじゃないかとか、ゆとり世代なんて本当に露骨に批判されたりします。でもデータを取ってみるとそうでもないよということが書いてあるんですよね。やっぱりこういう印象論で語られていることが教育界でとても多くて、本当にそうなのかということ。まして現場にいる我々がこれを鵜呑みにしてしまっていたら、なかなか前に進めません。そうじゃないよということを後ろから応援してくれている本だと思うので、よかったら手に取ってみるといいと思います。やっぱりこの本の中で、日本の授業ってずいぶん昔から発見的、思考的な課題を取り上げている授業を展開していて、とっても質が高いよ。世界的に見ても、こういうことを授業、普段の公立の学校の授業でやっている学校って少ないよということも書いてあります。それから面白いなと思ったのはこれです。僕も知らなかったんですが、 PISAの調査の中に、協同的問題解決能力調査というのがあって、それを見ると、日本って圧倒的に協同で問題を解くっていうのに向いてる。これ1位はシンガポールなんですけど、 2位が日本ですよね。OECDの加盟国だけでいったら日本がトップなんですよ。だからそれぐらいに日本と協同的な学びっていうのは相性がいいということなんです。文部科学省自体この結果を見て、和を重視する国民性が反映されたというふうに分析をしているんですよね。だからこれは、それが同調圧力のようになったり、いろいろ負の部分もあったりするかもしれないけど、向いてるっていうのは面白い分析だなと思いました。そういう視点で見ればね、我々は協同的な学びを取り組むっていうことも、別に理にかなってのことなんじゃないかな。

 何か先生が一方的に教えることばっかりじゃなくて、子どもと一緒に協同で学んでいく。実際、社会に出れば、もうテストの点が何点っていうことよりも、そばにいる仲間たちと協同で何かプロジェクトをしたいかとか、そういったことがコミュニケーションをうまく取りながらやれるってことも大事な力だって評価されてますよね。だから、この日本が得意分野にしているところ、こういう非認知能力を含めた学力向上を目指す。それが協同的な学びの中には入っているので、これを学校の教育に導入するのは、僕は理にかなっているなと思っています。ぜひ、こういうことを思ってですね、挑戦していっていただけるとありがたいなと思っています。この本の中では、日本の授業研究のこともすごくこれは素晴らしい文化と書いてあります。世界授業研究学会(WALS)というのもありますけど、これは日本の中で当たり前のように行われていた授業研究という文化を、他の国もやっぱりここに意味があるぞということを気づいて、学会としてこれを立ち上げて、毎年毎年世界での授業研究というのを発表し合っている。こういう会もありますので、ぜひ誇りを持って挑戦してもらえるといいかなと思います。

 いよいよ終わりが近づいてまいりました。湯藤先生、今日のセミナーを通じて、いろいろ学んだことをお話しください。


〇 今日は本当に僕の授業を見ていただき、本当にありがとうございました。自分自身も授業後に本当に後半の部分が心残りになってしまったなというのは本当に感じていて。前任校の布袋小学校の佐々校長先生は、「子どものわからない間違いを軸に授業」をという言葉で組み立てた方がいいよということはおっしゃっていて、自分もそれをやっているつもりです。自分よりもっともっと経験を持つM先生がそういうことを言っていたので、この授業も、そして今やっている授業っていうのも、常にそれを意識して取り組んでいました。後半に関しても、子どもたちがより難しい問題に対して、ああでもないこうでもないと言って、あの問題を解くためには、まずは文字が来るマスがどこなのかっていうことを見つけること。見つけた後に、今日対応する頂点っていうのを書き込むことで、向きってこうなんだっていうようなことを気づいて答えに導くっていう流れだと思っていたので、例えば、「こことここの対面がこうだから、こうだっていうふうな形で、まずは面をちゃんと見つけ、このグループはまず面を見つけてるな」っていうグループがあれば、タブレットで写真をパシャっと撮って、ここに写し、「このグループってこういうことしてるんだけど、これなんでなのかな」とか、さらにその次のステップで頂点とかを書いている人がいたら、「これってなんで書いてるの」ということを聞き、それに向きがわかるかもしれないことがあれば、またそれを拾って、「これって意味あるのかな」なんでなのって形で、どんどんどんどんボードに結びつけていきたいなっていう狙いはあったんです。子どもたちのその意欲というか、解きたい、僕が一番に、私が一番に解きたいっていう、その意欲的な部分っていうのを読み切れずに、あんな形になってしまって、僕も本当に先生が言うように、課題ができて前に集まった子どもを裁くのに一生懸命になってしまって、この拾いに行くというか、聴きに行くっていうことができずに、あのような形になってしまいました。でもやっぱり意欲的な部分っていうのは、本当に子どもたちの意欲的な部分っていうのは改めて見ることもできましたし、次の時間に今度は切れてないその展開図を渡して、グループで一生懸命話をして、「これが正解だっていうものを15分で探してごらん」ということを言うと、「ここはこうだからああだよね」っていうことをああだこうだと言いながらやって、 9つの班のうち7個の班が正解に結びつけるというか、ゴールを辿ることができました。やってみないとわからないっていうのは、実際、自分も改めて再認識させられましたので、今年度も、正直、算数と社会科に関しては、このような形で授業を進められているものの、国語の読み、物語文など文章の授業っていうのは、このような形ではできている部分がたくさんあるので、今日聞いたことっていうのを持ち帰って、今度はまた自分がちょっと得意としてないというのが、うまくできてないなというふうに思っている国語にも、今日の学びを活かしていきたいなと思っております。本当にありがとうございました。


◎ この先生のためにも今日はやった甲斐があるかなと思います。今日は皆さんありがとうございました。以上で終わりたいと思います。


参加された方からの振り返りを紹介します。

◆ 今日のセミナーで学習した中で重要だと思ったことは、「分からない」を大切にすることです。

学校として1年という短い期間での挑戦で、学び合いの形が作られつつあることは素晴らしいことだと思います。「分からない」を大切にすることは、口にするのは簡単ですが、いざ授業で実践しようとすると簡単ではありません。分からないことは恥ずかしいこと、これを払拭することは並大抵ではないからです。しかし、これを越えることこそが学び合う学びの壁とも言えます。それには、「分からない」と言ってくれた児童が起点となって、みんながもっと深く分かるようになったというシーンを演出して大いに褒めること、これに尽きるように思います。授業はじめの子ども達の意欲に満ちた溢れる笑顔は素晴らしく、きっとこのクラスなら、すぐにでも成長できると確信しました。