授業者の思いと子どもたちの活動のずれを感じた授業
- 公開日
- 2016/06/19
- 更新日
- 2016/06/19
仕事
前回の日記の続きです。
8年生の社会科の授業は今年異動してきた若手の先生でした。昨年までいた市の小学校で、何度か私が授業アドバイスをした方です。この日の授業は鎖国の学習です。
鎖国を貿易面から考えるために、朱印状の資料をディスプレイに映します。子どもたちの手元に同じ資料があるので子どもたちの顔が上がりません。意識的にディスプレイを見るように指示したいところです。子どもたちは、小学校で朱印状の資料を見たことがないようです。これが朱印状であることを説明して、どんな時に使ったかを考えさせます。
子どもの発言を「なるほどなるほど」と笑顔でしっかり受け止めることができます。子どもの発言を復唱して、余分な説明は加えません。「どこかへ行けという命令」「詐欺を防ぐために使う」という2人の意見が出ました。授業者は「2人の意見と似ているよという人?」「こうじゃないかと思う人?」と子どもたちをつなぎます。この間優しい笑顔は崩しません。子どもの手が挙がります。「勘合貿易の進化版」という意見です。3人の意見があるものに共通していると子どもたちに返すと、「貿易」というつぶやきが聞こえます。他の子どもになんと言ったかを確認します。続けてもう一人としっかりと子どもたちに聞くことを求めています。ここで、朱印状の説明をしました。
朱印状についての知識だけを問うのであれば、子どもたちとのやり取りはムダな時間です。知らなければ答えられないからです。しかし、子どもたちが資料から読み取るのであれば、意味のある時間です。実は、最初に答えた子どもは地名らしきものが書いてあったからどこかへ行けという命令だと思ったのです。次の子どもは朱印があるから証明書のような物だと思ったのでしょう。3人目の子どもは過去の知識からの類推です。どうしてそう思ったのかを問い返してあげれば、資料の読み取りにつながったのですが、ちょっと残念です。朱印状に何が書いてあるかは教えて、そこから考えさせても面白かったでしょう。とはいえ、子どもたちに発言させ、つなごうという意識が強く感じられます。子どもたちは落ち着いて授業に取り組んでいました。
ディスプレイにまとめが映し出されると子どもたちはすぐに写しだします。子どもたちは写すことに集中して授業者の方に顔を上げようとしません。授業者は説明が終わると書き終るまで待ちます。少しの間のことですから、顔を上げてほしいところでした。
子どもたちが書き終るのを待って、朱印状の中に行き先が書いてあることを告げ、どこへ行くのかを問いかけます。子どもたちから「とうきょう」というつぶやきが聞こえてきます。それを拾って、「とうきょうでいいと思う人?」と挙手を求めます。8割ぐらいの子どもの手が挙がります。そこで授業者は「根拠を教えてください?」とどこに書いてあるかをたずねます。挙手をしてくれた子どもを指名して、ディスプレイを指でささせます。「確かに東京と書いてあります。大正解といいたいところだけれど、実は東京じゃないんです」と授業者が言うと子どもたちから「えー」という声が上がってきます。上手く疑問を持たせます。ワークシートの地図に行き先があるので探すように指示します。ここで授業者はヒントを出します。「北京」「南京」と板書してどう読むかを確認して、「相談してもいいよ」と子どもたちに探させます。
静かに一人で探している子どももいれば、まわりと相談して見つけている子どももいます。「見つけた人?」と挙手させますが、4、5人です。隣の人と確認させますが、まだ見つかっていないのですから数は増えません。再び挙手させて指名した子どもが「トンキン」と発表します。見つからなかった子どもは「トンキン」を見つけられなかったのか、「トンキン」という名前の都市を探そうとしなかったのかが気になります。「東京」が「トンキン」であることを共有した後、地図でその位置をそれぞれで確認させたいところでした。授業者はディスプレイ上で確認し、見つからなかった子どもには自分のワークシートに印をつけておくように指示をしました。ディスプレイの表示は子どもたちの手元にあるワークシートと同じものです。わかりやすい反面、単に結果の確認となりやすいことが気になります。一つ間違えると、ワークシートが自分の考えを整理するものではなく、答を整理する物になってしまいます。
続いて「トンキン」が現在のどこになるのかを問いかけます。ワークシートの地図は白黒なので「カラーで見たい人は」と資料集のどこにあるのかを教え、カラーの地図は国境線が見やすいことを伝えます。この場面では時間の短縮のために教えたのだと思いますが、何を探せばいいのかを自分たちで考えることも意識しなければいけません。子どもたちは授業者の指示に素早く対応します。全員が真剣に地図を見ています。つぶやきも聞こえてきます。しかし、子どもたちに発表させようとすると、挙手は数人です。1人指名して「ベトナム」と答えると、すぐにそうだと説明に入ります。少なくとも他の子どもに確認したいところでした。
子どもたちがこれだけ活動しているのに発言意欲が少ないことが気になります。授業者は中高一貫なので小学生も教えていますが、共通して発言意欲が低いことに悩んでいます。子どもたちの発言意欲を高めることは、この学校で取り組むべき重要課題に思えます。
朱印船貿易が行われていた地域が地理的にどのようなところかを答えさせます。「仏教」というつぶやきが聞こえてきます。授業者は「あっ仏教」と受けて「確かにあるんだけれど、地域の名前で言うと?」と返します。子どものつぶやきを活かそうとしています。「東南アジア」と小さな声で言う子どもに対して、「みんなに聞けるように大きな声で言ったって」とつぶやきを公的な発言に変えさせます。よい対応だと思います。ただ、ここで子どもたちにそれでよいのかを確認させたいところでした。授業者が問いかけて、授業者が正解を判断すると、どうしても授業者の求める答探しになってしまいます。このことに注意が必要です。
日本の商人が東南アジアに進出していたことを説明するのですが、子どもたちはディスプレイに映されたワークシートに入る言葉を一生懸命写していました。
日本人が現地で作った町の名前、貿易の品目を教科書のページまで指定して、調べて書くように指示をします。これは、ただの作業です。あまり時間をかけたいところではありません。社会科としては、その事実から何がわかるのかを考えさせることに時間を使いたいところです。
ここでも挙手で確認を進めていきますが、半分ほどしか手が挙がりません。一問一答で確認しますが、子ども同士で素早く確認して次に進めばよいと思います。
ここで大名に朱印状を渡して、彼らが貿易をしていたことがさり気なく言われます。それまでは商人といっていました。微妙にずれています。朱印状を説明した時に、きちんと整理しておくことが必要でした。
ここまでに、授業時間の1/3ほどを使っていますが、ほとんどが知識とその確認です。結果としてワークシートの穴埋めをしているだけです。子どもたちが資料を読み取ったり、それをもとに考えたりする場面がありません。
ここでは、「なぜ大名が朱印船貿易を行っていたのか?」「この品物が取引されていた理由は?」といったことを考えさせることが次の鎖国を考えるための布石になりますが、こういった場面がなかったのが残念です。
鎖国の時にどこで貿易したかを確認します。いつも同じような子どもの手が挙がるだけで、他の子どもは下を向いてじっとしています。教科書やノートを開くこともしません。こういった知識を挙手指名で確認していくのは、あまり意味はありません。正解もはっきりしているので、自信のない子どもは手を挙げようとはしないからです。こういう場面で子どもたちに参加を求めないと、多くの子どもたちはこのような場面は自分には関係ないと思ってしまいます。答が書かれた時に写すことがこの子どもたちにとっての学習になってしまうのです。
どこの国と貿易したのかを問いかけますが、相変わらずの状況です。船の国旗を見るとわかるとヒントを出し、しばらく考えさせて挙手で進みます。一問一答の後、ディスプレイにまとめが映し出されると、やはり説明はそっちのけで写すことに専念してしまいました。
こうして鎖国の基本的な知識をまとめた後、「江戸幕府がどうして朱印船貿易から鎖国へと政策を変えたのか」というこの日の課題を提示します。授業者はここでも教科書や資料集の参考にするところをページで指定します。グループで作業をしますが、これでは理由を考えるのではなく、教科書や資料集をまとめる作業になってしまいます。先生の質問に子どもたちが教科書や資料で答を探すという図式とあまり変わりません。
他の3人が作業をしているのに、隣のグループにちょっかいをかけている子どもがいます。ちょっと気になる場面でした。子ども同士の人間関係が気になる場面です。
授業者はかかわっていない子どもに対してかかわりを促すことをしていますが、グループで考えをまとめるため、ペンを持っている子どもが仕切る傾向が強く、ただ見ているだけの子どもも目につきました。
子どもたちにグループごとに発表させますが、教科書の抜き書きになっているだけです。自分たちで考えたものがありません。授業者はグループ間に共通するものがキリスト教と指摘しますが、キーかもしれないと結論とはしません。ここで時間となっていたので、次時でもう少し深く考えさせたかったのでしょう。
せっかく朱印船貿易を扱ったのに、これとの比較で考えている子どもたちはいませんでした。朱印船貿易を活かして子どもたちに考えさせるのであれば、鎖国前と後の貿易を比較させることから考えさせても面白かったと思います。
貿易は利益を生み出すことを押さえた上で、日本側の主体はだれだったのか、どの国と取引したのか、どこで行ったのか、何を扱ったのかといったことを比較するのです。
「大名が貿易によって力をつけないため」「外国との貿易や文化の流入を幕府がコントロールしようとした」「キリスト教の布教に執着していないオランダと中国に制限したことから、キリスト教を排除した」といったことが子どもたちから出てくると思います。ある政策の前後の状況を比べることで、そのねらいが見えてきます。こういった視点を身につけさせることも大切だと思いました。
授業者は、子どもたちを活動させようという意識がとても高いと思いました。しかし、ワークシートの穴埋めの答を問いかけ、それを示すといった授業の流れが、子どもたちの積極的な発言を妨げています。教科書や資料集から答探しをするような課題が子どもたちを思考から遠ざけています。ワークシートの使い方や課題を工夫してほしいと思います。
2日間授業を見せていただいて、この学校の課題が見えてきたように思います。学校としてこの課題を共有して、どのように改善していくかを考えることが大切です。
小規模な学校なので、先生方が互いの授業を見合いながら一緒に考えることが大切だと思います。
次回の訪問時に、先生方の意識にどのような変化が起きているのか楽しみです。