日記

充実した学校訪問

公開日
2011/10/07
更新日
2011/10/07

仕事

昨日は中学校で、1日日程の学校訪問に参加しました。気ままな立場なので、指導主事の先生方とは全く別に、自由に授業を参観しました。

午前中は若手の先生を中心に見ました。中には1年前と比べて目を見張るほどに進歩している方もいました。教科の先輩からよい刺激を受けていることがよくわかります。この日も先輩が授業を外から見ていました。こういう雰囲気が教師を育てていくのだと思います。

教師経験がほとんどない先生も、工夫をしながら少しずつですが進歩しています。特に講師の先生は研修の機会も少ない中、空いた時間に他の先生の授業を見に行くなどして必死に自分の授業の質を高めようとしています。学ぼうとする空気があることがこの学校の強みでしょう。

気になったのは、子どもが活発に活動することと、授業のねらいがずれている場面がいくつかあったことでした。子ども同士が英語でクイズを出し合う場面では、問題づくりを頑張ってやってきた子どもは、クイズそのものが目的になっていました。中には英語がまだるっこしくなって、日本語でヒントやコメントを言っている子もいます。はた目には活発な授業ですが、英語の授業としては?でした。最後の評価も、「何問正解できた?」では、子どもも学習のねらいを誤ってしまいます。いろいろ工夫をしていただけに残念でした。
授業のねらいと活動をリンクすることがいかに難しいことかあらためて知らされました。

午後の授業研究は数学に参加しました。
印象的だったのは、「姉が弟に追いつくか」という問題で、何をxとおくか子どもに問いかけた場面でした。「弟が進んだ時間をx分とする」という子どもの言葉をいかそうとそのまま板書しました。ここで、この意味をしっかりと確認せずにグループで線分図を書かせましたが、ほとんど動けません。ヒントとして、追いついたとき弟と姉の位置が一緒だということを押さえましたが、それでもなかなかうまくいきませんでした。
授業者は、自分が想定している「弟が出発してから何分後に姉が弟に追いついたのかをxとする」と、子どもの言葉が同じことを意味していると考えていたのです。しかし、想起されるものは明らかに違います。子どもの言葉は、進むという言葉のイメージから、xは変化するものと関数的にとらえていると思われます。「進んだ時間がx分」と追いついたときが結びつかないのです。そのため、線分図に弟と姉の位置を書けなかったのです。

子どもの言葉を問い返して、「x分後に追いついた」という言葉を引き出し、全体で共有する。

まず「x分後の姉と弟の位置を線分図に書いて」といった発問に変え、弟と姉の位置を線分に図に書かせる。すると弟と姉の位置が違った線分図がでてくるはずです。そこで、「追いつくときは?」と問い返す。

教師は無意識に子どもの言葉を置き換えたり、自分に都合のいいように解釈します。子どもの側に立って、一言一言にこだわりながらしっかり聴くことが大切です。

授業そのものは、線分図が書けた後は活発になり、解の吟味でグループ活動が盛り上がっているところで、残念ながら時間となりました。しかし、子どもたちが集中して授業に参加している姿に、授業者が子どもたちをしっかり育てていることがよくわかるよい授業でした。

検討会では、先生方から子どもの詳しい様子をたくさん聞くことができました。普段から子どもをよく見て授業をしていることが伝わる検討会でした。研究発表が終わって1年がたちましたが、学校としては決して歩みを止めていなかったことがよくわかるものでした。

この日は遠く山口県からも視察の先生がいらっしゃいました。非常に勉強熱心な方で、授業や自身の研究のテーマについていろいろと質問をしていただきました。質問に答えようとすることで、私自身もより深く考え、とてもよい勉強になりました。また、子どもたちの考えを深めるような切り返しを研究したいとのことで、そのテーマのよさにも感心しました。授業での子どもたちのようすや検討会での先生方のようすがともに柔らかい雰囲気であったことをほめていただけました。この学校が目指しているところに気づき、ほめていただけたことをとてもうれしく思いました。ありがとうございました。

秋のさわやかな1日、私もとてもさわやかな気持ちで学校を後にすることができました。