充実した研修会(長文)
- 公開日
- 2012/11/07
- 更新日
- 2012/11/07
仕事
昨日は、市主催の研修会の講師を務めました。3回構成の最後の会です。夏休みの模擬授業での検討(模擬授業で研修参照)を踏まえた上での授業研究です。どのように変化しているかとても楽しみです。他の参加者も私と同じ気持ちだったと思います。
小学校6年生の社会科の日露戦争の授業です。
最初に「この市の名前ができたのはいつか」を3択のクイズでたずねました。子どもたちは盛り上がります。ここで、すかさず本題の資料を黒板に貼りました。子どもたちはすぐに集中します。ムダにテンションを上げ続けない、よい展開です。準備した資料は、大きな目が縦に2つ描かれ、日露戦争の前後を表す1904と1905の数字がそれぞれに書かれています。その瞳には、ロシア人と日本人が、日露戦争の前はロシア人が大きく、後では日本人が大きく描かれています。残念ながら元の資料が小さいため、拡大コピーした図は瞳の中がよくわかりません。しかし、よくわからないからこそ子どもたちは真剣に見ようとしていました。授業者は、子どもたちに気づいたことを発表させます。しかし、肝心のロシア人と日本人については、図からわからないので自分で説明し、日露戦争の前と後では世界の両国を見る目が変わったと説明しました。資料がもう少し鮮明であれば子どもたちから引き出すことができたのに残念です。ここは逆手にとって、「この数字は何だろう?」「この瞳には人が映っているが、どんな人だろう?」と考えさせる展開もあったと思います。
ここで本時の課題が示されました。「日露戦争について知り、考えを深めよう」です。すぐに子どもたちは作業に移りました。与えられたワークシートには「調べてわかったこと」と書いた大きな枠があるだけです。このようなねらいで、何をすればいいのか子どもはわかるのでしょうか。このようなワークシートで子どもたちは作業できるのでしょうか。何を書くのでしょうか。どの参加者も子どもたちの手元を真剣に覗き込んでいました。
子どもたちは、どんどん書き込んでいます。教科書や資料集から箇条書きに抜き出していきます。どの子どももなすべき作業を心得ているようです。こういうあいまいな指示をした時ほど、今までどのような学習をしていたかがよくわかります。「知る」ということは、教科書や資料集から関連することを抜き出す作業と捉えられているということです。中には、関連を矢印で書いている子どももいましたが、ほとんどの子どもは、見つけた順番に抜き出しています。戦争の「背景」「原因」「直接のきっかけ」「戦いの推移」「最終的な結果」「その影響」などの視点が明確にはなっていません。とりあえず、抜き出しているのです。
続いて、「50点を基準にして点数をつける」ことを指示しました。同じ作業を日清戦争でもしていたのでしょう。子どもたちはよどみなく点数化に取り組みます。点数化はもっと色々な場面でおこなっていたのかもしれません。子どもたちは抜き出した項目ごとに+何点、−何点と次々に点数をつけていきます。子どもたちが箇条書きをしていた理由がよくわかります。こうすることで、得点化がしやすいのです。50点を基準にすることで、自然にプラスとマイナスで評価するようになります。絶対的な点数よりもプラスかマイナスかがポイントとなり、項目ごとプラス・マイナスを判断するので根拠を持って話し合うことができます。なかなか面白いやり方です。
このやり方を前提とするのであれば、ワークシートを2つに区切って、プラスとマイナスに分けて抜き出すようにした方が、より考えながら作業をするかもしれません。
個人作業のあとはグループでの話し合いです。ここでグループとしての得点を決めます。子どもたちは、根拠となる項目をもとに話し合うことができています。ただ、決められた班長が発表することになっているので、班長が仕切ったり、逆に班長が点数を決めることにこだわって根拠については深く考えていなかったりしました。
黒板に各グループがつけた得点が小型のボードに書かれて貼られます。その理由を班長が発表します。授業者は、子どもの言葉を受容し、さらに聞き返しながら子どもの考えを引き出そうとします。ところが、多くの子どもは発表者の方を向きません。先ほどの話し合いの姿勢とはだいぶ違います。といって授業者の方を注目しているわけでもありません。このやりとりは自分には直接関係ないと、傍観者となっているのです。
これは子どもからの言葉を引き出した後、授業者がもう一度その内容を説明し、そのあとで「どう思う」と聞いていることが原因の一つです。授業者はつなごうとしているのですが、教師が説明した後では子どもはあえて考えようとはしません。同じ考えであっても「もう一度聞かせてくれる」というように、他の子どもにたずねることが必要です。子どもが参加することに価値を見出すためには、教師が子どもを受容するだけでなく、外化したことをポジティブに評価することが大切です。子どもたちの発言や反応を評価しないために、子どもは積極的に参加してくれないのです。
発表者が班長ということも問題です。班長に任せておけばよいとう無責任な雰囲気が出てしまいます。基本は、班長を設けず、グループで話し合っても個人で結論をだすことです。グループのことを聞きたければ、「どんなことを話した?」と個に聞く、うまく言えなければ、「グループの人助けてあげて」とつなげばよいのです。子どもたちにどう当事者意識を持たせるかが大きな課題でした。
子どもたちが発表をする中でおもしろい場面がいくつかありました。
日本が戦争の結果領土を得たことを、プラスに評価するグループとマイナスに評価するグループがありました。授業者は焦点化しその理由を確認するのですが、それ以上うまく切り込めません。なぜなら子どもたちは今の自分の感覚・視点で点数をつけているからです。点数化の問題は子どもの感覚でつけていたところにあったのです。ここは、「じゃあ、当時の人はどう思っていたのだろう」と切り返し、もう1度考えさせれば、歴史を考える視点に気づかせるよい機会になったように思います。
「アジアの人に勇気を与えた」からプラスという意見も出されました。子どもたちは、「勇気を与えた」とポジティブな表現で書かれていたから、そのまま深く考えずにプラスと判断しただけです。授業者はその内容の詳しい確認はしませんでした。「それってどういうこと」と聞き返すことで、当時の欧米の植民地政策や、そのためにアジアがどういう状況であったか考えるきっかけとできます。めあての「考えを深める」ことにつながるところでした。
子どもたちの集中力が一時的に増した場面もありました。
「一番点数の少なかった」グループに発表してもらおうと授業者が言ったときです。「一番点数の少なかった」という評価があったので、どうしてだろうと子どもの関心が高まったのです。
また、「原爆と同じくらいの死者が出たのはマイナス」という意見が出ましたが、原爆で何人くらい死んだがという数字は具体的にされませんでした。授業者もよくわからないと言ってそのまま進んだのですが、かなりの数の子どもが資料から調べていました。授業の流れからは問題ですが、「本当に同じくらいなのだろうか?」と自分が持った疑問なので集中して調べたのです。子どもが「???」と思うことがいかに学習の原動力になるかがわかります。
最後に、この市の名前ができた年が日露線戦争の直後で、その時活躍した巡洋艦の名前と同じであることを話して終わりました。このとき、子どもたちは、最初強い興味を示したのですが、途中からは体を反らせながらゆるい態度で聞いていました。この内容が試験に出るような内容でないとわかったからかもしれません。都会の子どもに多い功利的な態度にも見えました。おもしろい場面でした。
授業を全体として評価すると、日露戦争に関する事柄を子どもが抜き出して「知る」ことはできたのですが、その事柄を子どもの視点で評価しただけで、もう一つのめあての「考えを深める」には至りませんでした。
どの先生も子どもたちのようすをしっかり観察していました。そこからどんなことに気づいてくれるか、検討会がとても楽しみでした。
どのグループも大きく3つのことを話題にしていました。
・資料も精選し、導入の時間を短くして子どもの活動時間を確保したことはとてもよかったが、資料の細部がはっきりしないことが残念だった。
・どの子どもも、ワークシートにぎっしり書くことができていたことは素晴らしいが、主観的な点数評価であったことが残念だった。
・子どもを受容し、子どもの考えを引き出すところはよかったが、発表者とのやり取りで終わってしまった。つなごうとはしていたのだが、うまくつながらなかった。
よく見ています。最初のグループの発表がよくまとまっていたこと、どのグループも同じようなことに気づいていたことから、順番に発表することを止めて、最初のグループの発表をつなぐことにしました。まず、同じことに気づいたかを他のグループに確認します。その上で、どのようなことを話したかを聞くことで考えが足されていきます。最初のグループの発表をもとにして一通り聞いた後、今度は、今まで話題に出なかったことを他のグループに聞かせてもらいました。こうすることで話がつながりますし、同じことを何度も発表したり、聞かされたりするムダな時間を減らすことができます。こういう進め方もあることを体験してもらいました。
とてもレベルの高い参加者のおかげで、充実した検討会になりました。
では、この日の授業は課題の多い、あまり評価できないものだったのでしょうか?
決してそうではありません、前回の模擬授業と比べて多くのことが進歩しています。
・導入を短くし、子どもたちの活動時間を多くした。
・子どもたちがたくさんのことを書き出せるように鍛えていた。
・自分のしゃべりを少なくして子ども同士をつなごうと意識していた。
・・・
だからこそ、とても多くのことを学べたのです。いつも言っていることですが、授業がよくなればなるほど課題が見えてくるのです。子どもが活動するからその中身が問われるのです。
今回、この学校の教務主任が、授業から検討会、その後の授業者との懇談にずっと付き合ってくれました。どのような授業になるか、本人以上に緊張して参観しているようにも見えました。当事者意識を持った、共に学び合おうとする素晴らしい姿勢です。このような教務主任のもと、授業者はさらに伸びていくことと思います。
今年度も、無事3回の研修会が終了しました。年々レベルアップしていることを感じます。各学校のレベルがアップしているから参加者のレベルがアップしているのです。過去の参加者は言うに及ばず、研修担当の先生方が色々な面で学校によい影響を与えているからこそ、市全体がレベルアップするのです。手ごたえのある研修にかかわらせていただくことは、本当に幸せです。今年も充実した時間をありがとうございました。