第13回・教材研究の深さが…
★このコラムは、日本初(?)の教育コンサルタントとして10年前からご活躍中の大西貞憲さんから、授業を見るための眼力が高まるノウハウをインタビュー形式で学ぶものです。
【第13回】教材研究の深さが見えた授業
大西貞憲
(授業を見るプロ)
玉置崇
(インタビュー)
もともと教材研究の深浅は、授業中には表だって見えるものではありません。したがってその授業が豊かな教材研究がされていたからこそ、実現できたと気づかない教師も多いのではないでしょうか。自ら「このような教材研究をしたからこそできたのです」という教師も少ないでしょう。
そこで、とても難しい質問ですが、これまでに「教材研究の豊かさが授業を支えた」と感じられた授業はあるでしょうか。
物語「竜」(今江祥智著)を扱った中学校国語の授業で感じたことがあります。
授業者は前時の復習として、「気の弱い微笑」「灰色の砂漠」という2つの表現から読み取ることができる主人公の気持ちを確認しました。
そして、子どもたちに「主人公は成長したかどうか」「本文のどの表現でそう考えたか」と聞いていきます。
「成長した」、いや「成長していない」と子どもたちの意見が分かれる中で、「小さなあくびをした」という表現の「小さな」に注目して「成長していない」と判断した意見が出てきました。「くしゃみ一つできなかった」主人公が「小さなあくびをした」のだから「成長した」という反論も出てきました。表現の対比から読み取っているよい考えです。
指導案では「気の弱い微笑」に対して「気の弱そうな微笑」、「灰色の砂漠」に対して「きれいな緑色のあぶく」という2組の表現の対比を根拠として「主人公は成長した」と読み取らせる流れでしたが、実際の授業はそのように展開しませんでした。
子どもたちは「小さなあくび」という表現に着目したのです。そこで授業者はこの言葉を焦点化しました。
授業を見ていた者として、この表現は授業者があらかじめ取り上げるつもりだったのかが気になるところです。授業後に尋ねたところ、物語の全文が掲載された1枚の巻紙を見せてくれました。そこには、注目すべき表現すべてに傍線がびっしりとひかれ、それと対比される表現が線で結ばれていました。授業者は、教材研究をする中で指導案に示したように、読み取りのメインとする表現を決めていましたが、実はそれ以外にも主人公の成長を示すすべての表現をきちんと把握していたのです。ですから、子どもたちが「小さなあくび」にこだわっても、この表現からも本時の目標に迫ることができると分かっていたわけですから、授業者は慌てなかったのです。
教材研究をきちんとすることで、内容をしっかり把握するためのキーワードが明確になります。しかし、往々にしてそのキーワードに教師が引きずられて、子どもの発言を無理やりその方向に持っていこうとしたり、反対に、そこにつながりそうもない発言は無視したりしがちです。
「教材研究の豊かさ」が表れるのは、特に子どもの発言に対する教師の受けだと思います。「豊かな教材研究」は、キーワードを明確にし、狙いに迫る発言を引き出す発問を作り出すだけでなく、キーワードに直接つながらない発言であっても、子どもたちの学びへとつなぐ授業を生み出す
ことを見ることができました。
教材研究は明日の授業へ即効性があるものではありませんが、積み重ねることによって、授業の確かな土台を作ることは間違いありません。おっと、「教材研究ってどうすること?」と質問した若い教師がいたことを思い出しました。大西さん、いずれお答えくださいね。
(2010年1月11日)
●大西 貞憲
(おおにし・さだのり)
愛知県で公立中学・高校教諭を経て、民間企業で学校向けソフト開発に携わる。2000年教育コンサルタントとして独立。現場に出掛けての学校経営や授業へのアドバイスには「明日からの元気が出る」との定評があり、愛知県を中心として、全国の小中学校や自治体から応援を求められている。また、NPO法人「元気な学校を支援し創る会」理事として「教師力アップセミナー」「フォーラムin東京」を通して実践に役立つ情報の共有化・見える化に注力している。
●玉置 崇
(たまおき・たかし)
1979年、教員生活スタート。小学校教諭3年、中学校教諭16年、教頭6年、校長3年、2007年度より愛知県教育委員会義務教育課へ。ICTを活用した授業や学校経営で実績があり、文部科学省発行「教育の情報化に関する手引」作成委員の一人。大学時代には落語研究会に所属。今でも高座に上がりご機嫌をうかがっている。「やってみなきゃ分から ない」をモットーに、「思いついたら、すぐ動き出す」ところもあって、失敗は数知れず。そのくせ、ちょっとしたミスで、いつまでもくよくよ悩むタイプ。眠れぬ夜も多い。
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